【重要】JR8DAGメモ書きブログについて(留意事項)

 JR8DAGメモ書きブログについて(留意事項)
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 管理人:JR8DAG/菅野 正人

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2013年3月31日 (日)

今後の6mAM運用予定(2012.08.31まで)

 今後の6mAM運用予定は以下のとおり考えています。

・2/4(土)20:40〜21:00(北海道6mSSB RC 開始前)
      札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
      自作200mWout(Micro6AM2002)+20mH 6エレ八木
                  ※ 運用の概要はこちらです。
                  ※ 6mAMマラソンコンテストに参加しています。
                  ※ 運用時は6mリアルタイム情報に書き込みます。

・2/10(金)22:00~、または2/11(土・祝)22:00〜
      東京都品川区(JCC 100109)
      自作200mWout(Micro6AM2002)+1/4波長ホイップ
                  ※ 運用しない場合があります。
                  ※ 6mAMマラソンコンテストに参加しています。
                  ※ 運用時は6mリアルタイム情報に書き込みます。

 聞こえていましたら、QSOよろしくお願いします。

 JR8DAG/菅野 正人

 以降の6mAM運用予定は以下の「続きを読む」をクリックしてください。

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2012年1月31日 (火)

6mAM運用結果(2012.01.01~2012.01.31)

 2012.01.01~2012.01.31における6mAM運用結果は以下の
とおりでした。

・1/2(月)09:00~1/3(火)18:00
 札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
 自作200mWout(JR8DAG-2006AM)+20mH 6エレ八木
 8エリアの11局と交信

・1/7(土)22:00~23:00
 東京都品川区(JCC 100109)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+1/4波長ホイップ
 交信できず

・1/8(日)10:50~11:30
 神奈川県横須賀市猿島(JCC 1102)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+1/4波長ホイップ
 1エリアの1局と交信

・1/8(日)21:20~21:35
 東京都調布市(JCC 1002)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+1/4波長ホイップ
 1エリアの1局と交信(1エリアAMRCにチェックイン)

・1/14(土)20:40~20:55
 札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+20mH 6エレ八木
 8エリアの1局と交信

・1/15(日)10:00~10:20
 札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+20mH 6エレ八木
 8エリアの1局と交信

・1/21(土)20:40~20:55
 札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+20mH 6エレ八木
 8エリアの1局と交信

・1/22(日)10:10~11:35
 札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+20mH 6エレ八木
 8エリアの1局と交信

・1/28(土)20:40~20:55
 札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+20mH 6エレ八木
 交信できず

・1/29(日)10:00~10:30
 札幌市北区(常置場所 AJA 010102,GL QN03QD)
 自作200mWout(Micro6AM2002)+20mH 6エレ八木
 8エリアの1局と交信

 ワッチならびにQSOしていただいたみなさんありがとう
ございました。

 JR8DAG/菅野 正人

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第1回6mAM QSOパーティーの結果が発表される

 1/29(日)、デンソー幸田アマチュア無線クラブ JF2ZPA が主催する
第1回6mAM QSOパーティーの結果(2012年1月2日~1月3日実施)が
発表されました。

 情報源はJF2ZPAのホームページで結果はこちらです。

 第1回 6mAM QSOパーティー結果

 JR8DAG/菅野 正人

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2012年1月29日 (日)

CQ誌について(2011.01.29)(補足)

 ブログ管理人のJR8DAG/M.Kannoです。

 JR2WZQさんからツイッター経由でコメントをいただきました。ある程度
公開しておくと、管理人的にも都合がよいことがありましたので、
補足と言うことで整理します。

 (大前提:CQ誌編集部をどう見るか)
 CQ誌編集部に情報判断能力と企画力が十分にあれば、JR2WZQさんの
当初のツィートはなるほどと思えたのですが、もし、CQ誌編集部に
その力が無かったとしたら、CQ誌に対する見方が全く変わってしまうと
言うことです。
 CQ誌編集部の力量に関してですが、ハムフェア2007とハムフェア2011に
自作品コンテストで最優秀賞を受賞したので、雑誌の取材があるかと
思いましたが、そんなことは両年ともありませんでした。特に2011年は3月に
編集委員にお会いして、入賞していることもわかっているにも関わらずです。
そんなことも考えるとCQ誌編集部の情報収集能力はほとんどなくなった
ように思っています。

(オリジナリティとは?)
 今までに無かったことをすればオリジナリティがあるといったように広く
考えた方が良いのではと思います。
 半導体の企画表を掲載するだけなら、確かにオリジナリティはありませんが、
アマチュア無線の自作に必要な素子をまとめるなり見やすくすること、また
自分なりのコメントを入れたりして使いやすくして、それが今までに無ければ
オリジナリティがあると言えると思います。
 他者との類似性があったらオリジナリティがないとなったら、私の作品は
すべてがオリジナリティがないということになってしまいます。

(参考リンク)
CQ誌について(2011.01.29): JR8DAGのメモ書きブログ

 JR8DAG/菅野 正人

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CQ誌について(2011.01.29)

 JR2WZQさんのツイッターCQ hamdario 2月号に関してのツイートがありました。

 このCQ出版社CQ hamdario(CQ誌)ですが、管理人の思うところを
備忘録もかねて、ブログに書いておきたいと思います。

 CQ ham radioのホームページ

・昨年のCQ誌4月号がQRP特集ということで、CQ誌編集部から依頼をうけて
 執筆をしました。その際、ちょうど東京に行く機会があったので、
 CQ誌編集部に初めて行きました(東日本大震災の1週間前の3/4の
 ことでした)。
・CQ誌の担当は5,6名といったところで、自ら雑誌を企画して構築すると
 いうより、投稿された記事をまとめるということが精一杯のように
 思えました(記者みたいな人はいないようでした)。
・これは、先ほどのQRP特集の記事で、連携の無いまま2名の担当者から
 別々に執筆依頼が来るといった現象で現れていると思います。
・となると、CQ誌編集部をどうするかという問題もありますが、現時点
 では、投稿者によって記事の内容が左右されることになると思います。
ということで、CQ誌の回路図の分量を多くしたければ、読者が記事を
 投稿するしかないと思います。

・で、かつていくつか記事を書いていた管理人はどう思うかというと、
 正直言って雑誌に記事を書くのは面倒です。掲載原稿リストのページにも
 ちらっと書いていますが、〆切があるのと、書いたあとのフォローが
 非常にしづらいです。これは間違ったことを書きにくいことも
 つながり、記事執筆の制約が大きいことも意味しています。
・ということで、ある程度技量を身につけたら、雑誌以外のネットなどを
 活用しないと欲しい情報は得られないと考えています。CQ誌などの
 雑誌を頼りにしてはいけないと思っています。確かにネット関係の情報に
 ついては情報そのものについて適切かどうかを判断をしなければいけ
 ませんが、自分が力をつけたと認識するならば、情報の判断くらいは
 できなくてはいけないと思っています。
・CQ誌が仮に必要だとした場合は、現在の状況に合わせた別の役割が
 求められると思います。そのあたり模索している様子は感じられますが、
 役割を確立しているようには見えませんし、また、少ない編集部の
 人たちで見つけ出せるかどうかは疑問といったところだと思います。
・それでも、CQ誌は2000年後半になって少しは良くなったように思います。
 1990年代より記事や広告は少なくなりましたが、アマチュア無線を楽しむと
 いう本来の趣味のあるべき姿に立ち返ってきてるようにも見えます。
 値段も高くなりましたが、買おうかなという内容があるようには
 なっていると思います。

 JR8DAG/菅野 正人

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自作に関する考え方のページを更新(2012.01.29)

 JR8DAGのAM&QRPホームページをご覧いただきありがとうございます。

 本日、自作に関する考え方のページについて更新しましたのでお知らせします。

 自作に関する考え方

 以下の内容を追加しました。

・平衡変復調回路はダイオードかICか?

 よろしくお願いします。

 JR8DAG/菅野 正人

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2012年1月28日 (土)

本日の北海道6m SSB RCの参加局数(2012.01.28)

 本日の北海道6m SSB ロールコールが終了しました。参加局数は8エリアの18局
でした。

 JR8DAG/菅野 正人

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2012年1月22日 (日)

6mAMの歴史について(イベントやトランシーバー編)

 これまでに、無くなったものを含めてAM関係のイベント、また
トランシーバーについて記載します。

【AM保存会】
 FCZ誌110号(1984年7月)によると、1977年に、ミズホ通信の高田社長
(JA1AMH)を代表として、作られた任意活動の集まりで、事務局は最初は
FCZ研究所、その後はJA4GVH 杉ノ原さんが行っていました。活動内容に
ついては、FCZ誌で報告されており、FCZ誌110号で会員名簿が作成され、
会員数は約400名、FCZ誌112号では500名を超える会員になったとの報告が
ありました。しかし、FCZ誌の目録(101~150号)を確認すると、FCZ誌121号
(1985年7月)を最後に活動報告がされなくなってしまったようです。
 FCZ誌140号(1987年2月)からの読者であった管理人には、AM保存会の
存在は知っていたものの、入会等の受付をしているのかどうか不明な状態
であり、結局AM保存会に入会することはできませんでした。
 何となく自然消滅という感じになってしまったようですが、目的であった
AM波の保存に関しては一定の役割を果たしたのではないかと思って
います。

【AM一斉移動運用】
 8月の第2土日(FDコンテストの1週間後)に行っていました
 私が知ったのはCQ誌1986年でそのときは第4回だったようです。第7回
(1989年)にとりまとめの方が諸般の事情でパタッとやめて結果が報告され
なくなりました。その後をJF2UJG/太田さんが引き継いだのですが、
事前告知のないまま結果が報告されなかった第7回の影響が大きかったのか、
CQ誌では第9回(1991年)を最後に終了しています。その後、一斉コンテストも
行いましたが、結局定着せずに1990年代に終了しました。

【AM移動運用コンテスト】
 管理人的には全く意味不明な9月第2日曜日に行ったコンテスト。1999年に
第1回を実施。移動運用に着目したことや変調レポートをコンテストナンバーに
入れる点は意欲的であったが、逆にわかりづらいルールになったことや、
コンテストの周知などがうまくいかず、2,3回程度で終了した。

【ハムフェア会場内の臨時AMロールコール】
 今では当たり前に行っているらしいが、1999年のハムフェアで実施したのが最初
はず。そのときに開催概要はこちら。このロールコールを発案した人は、その後に
行われた会場内AMRCには一切関わっていないが、それでも他の人が代わって
続けられるイベントは発案者としても冥利に尽きるし、このような他の人が引き継いで
できるイベントを考案してはどうかと思うのですが・・・・。

【トランシーバー】
 RX-601を使用した局とは年に数局と交信できるのですが、管理人の開局時
(1981年)はすでにSSBトランシーバーのRXJ-610が販売されており詳細は不明です。FDAM-3、スカ6なども同様です
 YAESU(現バーテックススタンダード)のFT-690mk2がオールモードといいつつ
AMが運用できなく、しばらくは、AMが出られるポータブル機がFT-690(初代)だけと
いう状況が続き、AMは大丈夫かと思う時期があったのですが、2000年にFT-817
出て状況が一変しました。また、VX-7、VX-8はFMハンディ機にもかかわらず、
50MHz,AMを運用できる仕様にまでしていました。
 これは、AMが認められたからというより、FT-690mk2時点ではコストダウンが
優先(FT-290mk2やFT-790mk2に合わせる)で6mAMを無視できるレベルだったのが、
FT-817VX-7の時代はAMを付加することは大きなコストアップにならないので、
少しでも対象とするユーザを増やしたい(6mAMが出られるだけで購入する
管理人のような人
を無視できなくなった)という意図から、出てきたものと考えます。
ですから、今後仮に新製品が出たら、いろいろな人を対象にしたいのでAM運用は
標準装備される方向になると思います(新製品が出るかどうかが問題だが)。

【キットや自作機】
 FCZ研究所のポケトラは1980年代からあり、現在はキャリブレーションから
販売されています(2012年1月時点では在庫はないようだが)。キットを作る
楽しみといった点では遊べるものですが、交信という点ではなかなか大変で
ありました。
 ミズホ通信のピコシリーズはSSBが主体でAMはかなり特殊です。1985年頃、
ピコ6AM(AM-6X)が数100台販売された程度と思います。1970年代には
MK-610等があるのですが、管理人は開局前で詳細は不明です。
 自作機に関する記事で参考になったのはCQ誌1981年7月号のQRP特集の
記事でした。その後、単周波数とか、セパレート式のAMトランシーバーの記事は
あったのですが、周波数可変トランシーブ式のQRP AMトランシーバーについては、
見本となるような作品がないと感じ、AMRC-696を製作し、ハムフェア96自作品
コンテストに出品したら、なんと優秀賞第三席に入賞しました。実際に回路を利用して
製作された方が5名ほどいたようなので、AMトランシーバーの見本を示す役割は
果たせたのかなと思っています。
 このあたり実用的な交信をすることを目的としたAMトランシーバーは
おぎくぼ村とか中野自作研究会が発表していましたが、最終的にはアイテック電子
研究所が1999年に販売したTRX-501が定番となったようです。このTRX-501は
改善した方が良いところがいくつかありますが、これまでTRX-501使用局とは
10局ほど交信しており、自作キットしては驚異的な局数だと管理人は思います。
実際に販売店の東京科学無線に話を聞いたところ販売を開始した1999年1月頃は
1台/日のペースで売れていたようです。
 あとは、運用者が設計したオリジナルなトランシーバーがあります。2000年以降
は、インターネットを利用して概要紹介レベルの情報は得やすくなりました。
真空管を利用した自作機使用局と交信できることもあります。
 いずれにしても、6mAMにおける自作機の運用頻度は他のモードやバンドに
比べて高く、技術的な話もできるのが6mAMの魅力の1つと思います。

 JR8DAG/菅野 正人

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6mAMの歴史について(1981~2011年までの概要編)

 6mAMに関して資料を探そうとすると整理されたものが少ないと
思った時期があり、使用されている周波数、関連する記事のデータ
ベース、Esのコンディション等などをとりまとめてきたのですが、
これまでの歴史といったものはとりまとめていなかったようなので、
まずはブログの記事として書いておきたいと思います。
 この記事は、ホームページに整理したいと思います。

【JR8DAG/M.Kannoについて】
 開局は1981年で、当時は中学生でした。そのころは6mのEsに
関心があり、AMに関してはミズホのQP-50+MOD-1で電波を出したいと
思っていましたが、完成させることができず、自作AM機で運用できる
ようになったのは1988年でした。
 ということで、管理人が話せるのは1980年代以降ということに
なります。

【1981年~1982年】
 開局は北見市で、アパートの3階からの1/4波長モービルホイップ
でした。時代はすでにSSBが主流になっていたのですが、50MHzはAMが
残っているという情報があったので、無線機はFT-680でした。
 交信記録を見ると、1981年と1982年にそれぞれ1局ずつ交信している
ようです。サイクル21が終わりかけで、アパート3階の1/4波長モービル
ホイップでは海外の信号を聞くことはなかったのですが、Esはかなり
良かったように思います。
 CQ誌1981年7月号のQRP関係の製作記事は素晴らしかったです。

【1983年~1986年】
 このころは室蘭市にいて、アンテナはHB9CVになっていたのですが、
なんとAMでの交信の記録がありません。自分のログを振りかえって
みると、なんとここではピコ6Zが大活躍の時代でした。このころ
高校生ということもあって、いろいろなことに気を回す能力が身に
付いていなかったようで、(AMよりむしろ楽かもしれない)DSB
トランシーバーを作っていた頃だったように思います。

【1987年~1989年】
 1986年から現在の札幌市北区が常置場所となり、設備もタワーに
八木とかなり良くなりました。このころは大学生で、高校生に比べて
あちこち手が出せるようにななったようです。
 1987年は、前年にハムフェアで購入したらしいミズホピコ6AMの
完全バラキット(なんと5,000円だった)での交信の記録があります。
いくつかの資料をたどっていくと、どうやらAM一斉移動運用の記事が
CQ誌に掲載されていて、そこでピコ6AMの交信記録を載せようと
思ったのが運用の動機だったようです。このころから、AMの存続に
危機感を感じ始めたのか、そういったイベントが目立つようになった
ようです。
 1988年は、ついに自作QRP AM機でQSOができるようになり、Esの
コンディションも良かったのと、まだ学生が多くいて平日でもそれ
なりに交信ができていたように思います。この年の5月20日に南大阪
A3RCにチェックインしています。AMRCの存在を知ることになったのは
この頃からだったと思います。また、QRPクラブやFCZ誌に報告をし始めた
年でもあったと思います。
 1989年はいろいろな意味でピークの年で、交信の記録を振り返っ
てみても、100~150mWoutの自作AM機で200局以上と交信していたり、
記録に残していないのが悔やまれますが1エリアAMRCに3回チェックインでき
たことからEsのコンディションも良く、6mのアクティビティというか
運用している人の勢いもあって、AMでかなりの交信ができた印象が
あります。

【1990年~1994年】
 サイクル22のピークにあたっていたのですが、個人的には就職による
環境の変化などで6mAMに関しては活力が落ちていたようです。Esのコン
ディションもあまり良くなかったような気がしますし、パソコンも
Windows OS(Ver.3.1)が出始めて、アマチュア無線の勢いの低下が
見られ始めた時期とも一致していたように思います。

【1995年~1997年】
 1995年、パソコン通信のNIFTY SERVE(現@nifty)のフォーラムに参加
したことが大きな出来事でした。アマチュア無線は衰退を始めていま
したが、現在に比べてまだ勢いがあったのか、コンテストの交信数、
アワードでのJCC,JCGなどに偏重する傾向があり、効率の良くないAMは
忘れられそうな状態であったともいえます。JARLコンテストなどで50.500MHz
以上にもSSB局が出てきたのはそういった状況を示す証拠であったと
思います。
 この頃からAMに関する情報を拾い集めて公開するとともに、ネット
環境を利用して、運用情報などを告知しつつ、できる限りAMにでるように
なったといえます。AMが1つの楽しみ方として再認知され始めるようにも
なりましたが、この頃からEsのコンディションが低下し始めたように
感じたこと、また、学生がいなくなって、多くが社会人になったこと、
そしてネットワーク環境の充実に伴い、ある現象が生じ始めました。

【1998年~2000年】
 1998年は比較的Esのコンディションもよく、AMでのEs交信もそれなり
にできたのですが、管理人が社会人ということもあって休日である土日に
交信が集中する傾向が見られ始めています。1980年代だと平日夜の交信も
あったのですが、この頃からはコンディションの低下もあったのか、平日の
AM交信は期待できなくなりました。しかしながら、南鳥島からAM運用が
あったりと、何かあったらAMでも出てくるということにもなり始めていました。
 また、1998年は管理人がホームページを作成した年です。この頃から
NIFTY-SERVEのパソコン通信は衰退し、インターネットによる掲示板、
メーリングリストが主流となり始めます。
 この頃は、JH0UTC局による富士山からの6mAM運用や6mAM長屋による
ハムフェア出展が好評であり、AMが1つのジャンルとして確立させた
出来事の1つであったと思います。
 1999年、AMをPRする一環としてハムフェア会場内の臨時AMロールコール
開始しました。これは2011年に至る現在も続いているようです。
 他には、この頃からネット環境を利用して、28MHzでAM運用を行うような
イベントが行われました。ただ、これは続くことがなく、2000年代後半の
28.305MHzを中心としたAM運用が掲示板の2ch経由で定着することとなります。

 この頃からネットで情報を得つつ、運用するというスタイルが始まります。
これはAM運用にとっては有効だったのですが、何もないときは静かだが、
何かしらイベントが発生するとものすごい局が出てくるという事態にもなりま
した。管理人はこのことをサブマリン現象と呼んでいました。これは2012年
現在においても続いていると思います。

【2001年~2005年】
 2002年頃に6mリアルタイム情報をはじめとしたクラスタが出てきて、
携帯電話で利用できることもあって積極的に活用させていただきました。
これまで、双方の運用局数が少なく交信が難しかった8←→4~6エリアの
Es交信が増えたことと、クラスタで公開されることでAMにいつ出ているか
知ってもらえるようになったことは非常に大きかったです。
 また、アマチュア無線そのものが小さくなり、交信局数の他にさまざまな
楽しみ方があることを知っている局の割合が相対的に大きくなったことから、
AMが1つの楽しみ方として確立されたのがこの時期であったと思います。
そういった動きの1つなのか、2001年に9エリアが、2005年に0エリアが
AMロールコールを開始しており、2012年現在も続いています。
 Esそのものは、AMで交信できる強いEsはあっても頻度が少ない状態で
したが、クラスタでの運用状況を知らせることで、2000年以前では難し
かったそれなりのEsでもAMで交信できるようになったと言えます。
 他、50MHz以外にもAMが運用されるようになり、特に代表的だったのが
28.305MHz付近を中心にした10mAMで、8エリアから聞く限りではEsシーズンは
6mより賑やかに感じるほどです。

【2006年~2011年】
 2006年はJARLハムフェア自作品コンテストの規定部門のテーマ
「50MHz帯AMトランシーバ」となり、JARLが6mAMの存在を認識していることが
大きなトピックでした。この自作品コンテストに出品した作品(JR8DAG-2006AM)が
管理人の現在の主力機です。
 2006年は比較的Esのコンディションが良く、クラスタの効用もあって
6m QRP AM(250mWout以下)で全エリアの200局以上と交信できています。
2007年以降はEsは今ひとつですが、6m QRP AM(250mWout以下)で100局以上
交信できるようになってきたこと、また、韓国を中心とした海外局も運用
するようになってきました。2009年頃から10mや2mでもAMロールコールが
行われるようになっています。
 合わせて、8J1AなどをはじめとしたJARL特別局・特別記念局も他のモードに
比べて頻度は少ないものの、AM運用を行うようになり、6mAMが1つの楽しみ方と
して認知されるようになったと感じています。また、10mAMは8エリアから聞く限り
ではEsシーズンは伝搬の容易さもあって6mAMよりも賑やかになっています。
 6mの他に10mでのAM運用が定着し、他のバンドにも実験的に運用がなされる
ようになってきたと言えると思います。1~3エリアが中心のようですが、
コンテストや併設AM QSOパーティが賑やかなのはAMがアマチュア無線の
楽しみ方の1つとして認識されたためと思います。

(参考リンク)
6m QRP AM について
AMに関する記事
当局のトランシーバーの名称と概要について
ピコ6AM(AM-6X)
ハムフェア臨時AMロールコールについて

 JR8DAG/菅野 正人

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